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要約筆記実践3 「ドンブラコッコ」をどう書くか

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要約筆記実践3 「ドンブラコッコ」をどう書くか

先日イソップに触れたので、物語つながりで『ももたろう』について。

ここで一つ前置き。
物語のようなものの筆記の場合、表記以前の大きな問題として、「情報重視型」で書くのか「情緒重視型」で書くのかという方針が必要になってきます。
簡単に書くと、

  • 「情報重視型」とは、話の流れ、要旨を伝えることを優先した筆記。
  • 「情緒重視型」とは、話の雰囲気、話者の個性などを優先した筆記。

どちらも要約筆記の原則的な部分は変わらないのですが、「情報重視型」では“雰囲気”といったものも重視するため、冗長的な要素も筆記に含めていくことになります。
トータルとしての筆記量には一定の限界があるので、情緒的要素を入れていくぶん必然的に、情報自体の要約率を少し下げる必要が出てきます。
ただでさえギリギリの要約率で成り立っている手書要約筆記では、それ以上要約率を下げると主軸要素の伝達にも支障をきたしてしまう。
したがって、情緒性を重んじたいケースであっても、基本は情報重視型で進めつつ時折情緒性も含ませる…というのが現実的な選択になります。

情報重視型と情緒重視型。
『ももたろう』で言うならば、「ドンブラコッコ ドンブラコッコ」という言葉を拾うかどうかといった部分は、判断の分かれ目です。
完全な情報重視型なら拾いません。
やや情緒性にも配慮した筆記なら拾う。しかし、せいぜい拾ってドンブラコッコ1回。
2回拾うだけの情報としての意味は、ドンブラコッコには無い。
その上、ドンブラコッコは時間がかかる。
「かさばる単語」と言ったりしますが、「ドンブラコッコ ドンブラコッコ」と書こうとすれば、これだけで10秒ぐらいかかるわけです。
仮名で20文字弱。漢字仮名混じりで丸々1文程度の量が、「ドンブラコッコ ドンブラコッコ」を書く代わりに落ちてしまうということです。
それだけの価値がドンブラコッコにあるかどうか。
要約筆記の場合、情報選択の際には、その情報自体の有意義性というだけでなく、書くのに必要な時間に見合う意義があるかどうか…ということを判断する必要があります。
(ただし、絶対的に不可欠な情報(禁忌の情報など)は、どういう条件下でも落とさない)
だから、「ドンブラコッコ ドンブラコッコ」は書かないけど、「スイスイ」だったら書くという判断も生まれます。

しかしながら、「ドンブラコッコ ドンブラコッコ」というのは、『ももたろう』の中でも印象的な要素らしく、練習で『ももたろう』を書いたりすると、実に多くの人が「ドンブラコッコ ドンブラコッコ」を書く。
気持ちは分かります。
価値観も人によって違うので、ドンブラコッコは大事!と言うならば、それも正解かもしれない。
しかし。
ドンブラコッコを拾うタイプの筆記者は、大抵その前に「むかしむかし あるところに」も拾っていますし、「おじいさんは山へ柴刈りに おばあさんは川へ洗濯に」もその通りに拾っています。
それだけ拾うと物理的に相当苦しいので、大概は遅れに遅れており、結果、桃太郎誕生シーンがすっ飛んだりします。
「大きな桃がドンブラコッコ ドンブラコッコと流れてきた。名前は桃太郎。」というような、無理な展開にもなるわけです。
冷静に読むと、完全に意味不明。
拾った桃から子供が産まれるというのは、あの物語の最大の非現実的シーンでもあるわけで、そこのくだりを書かないと話として成り立ちません。
だから、ドンブラコッコを拾うのは自由だけど、拾うなら他もちゃんと成り立たせてね、ということです。


Last Update 2010-06-03 (木) 11:57:21

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