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Ⅲ-(ⅱ)要約筆記の思考の特性

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Ⅲ-(ⅱ)要約筆記の思考の特性

要約筆記と文書要約の違い

 要約筆記の作業の裏には常に“時間”という問題がある。リアルタイムで話されている内容を、リアルタイムで筆記するという要約筆記の前提が、要約筆記作業に様々な制約を加えている。したがって要約筆記の作業を、一般的な文書の要約作業と混同してはいけない。大綱において共通するものも当然あるが、その共通性の多くは日本語力の範疇を出ない。要約筆記としての技術は文書要約技術から語れるものではなく、同様に、文書要約を基準に要約筆記を評価するのも的外れである。
 要約筆記作業と文書要約作業との違いは大きく2点ある。1つは、時間軸に沿って、一定時間枠内で処理をするという点である。文書要約の場合は、ある程度まとまった量の文章を対象として要約作業を行う。その内容によっては、文章の一部分の比重が極めて大きな要約文になることもあり、また作成の際に、内容の順序を入れ替えることも比較的自由にできる。対して要約筆記は、言ってみれば“満遍ない要約”にならざるを得ない。聞きながら書く以上、ある程度限定された時間枠内に話された内容を対象として、要約作業を行うことになる。当然、内容の順序を大きく入れ替えることも難しい。人の話とは、その話される速度にも、内容的な含蓄度にも緩急がありつつ推移するものであるが、要約筆記では、緩部は緩部なりに、急部は急部なりに処理をしなければならない。もちろん、要約筆記自体にも多少の緩急はあり、短めに処理をする部分、多少遅れてでも書ききる部分なども出てくるわけであるが、しかしその場合でも、その揺れ幅はかなり限定的なものである。
 もう1つの違いは、表記に関しても時間の制約を受けるという点である。文書要約の場合、通常問題とするのは仕上げの文字数であり、その要約文を筆記するために要する時間を問題にはしない。対して要約筆記においては、筆記する時間長が極めて重要である。作成する要約文における語選択や表記の方法も、筆記時間という側面を抜きには考えられない。前にも述べたが、文字数の減と筆記時間の減を混同しないように留意しなければならない。

要約筆記の思考の軸

 上で、要約筆記作業は一定時間枠内での処理であるという言い方をした。この“一定時間枠”という感覚が、要約筆記の思考の上では大事な要素となる。少し詳しく見ていく。
 しつこいようだが、要約筆記はリアルタイムでなされる作業である。単位時間あたりの発話量が多かろうと少なかろうと、その含蓄内容が多かろうと少なかろうと、発話されたものは発話された時間量に応じて処理していかなければならない。その意味は、情報の即時性を担保するということが一点。そして、常に次に備えた状態を維持するということがもう一点である。リアルタイムであるから、次に何がどのように話されるのかはわからない。次に極めて重要な内容が話されたとしてもそれを速やかに筆記できるためには、発話から一定時間以上遅れない必要があるのである。
 発話からの遅れは、情報保障におけるタイムラグとなる。即時性という観点から見るとタイムラグはマイナス要素であるが、要約筆記の思考の上では、このラグは重要な要素となる。ラグがある程度以上ないと要約筆記作業はできないと言っても良い。つまり、タイムラグは一定以内かつある程度以上である必要がある。この時のタイムラグの範囲が、上での“一定時間枠”に相応することになる。
 一般的な要約筆記に限定して話を進めるが、熟練した要約筆記者の筆記は、大半が一定範囲内のタイムラグのもとに進められる。この時に、要約筆記者の思考の軸となっているのは、発話と筆記との時間差の感覚である。基準とする時間差の感覚がベースにあり、その基準と比較して遅れ気味なのかどうなのかという感覚が、要約筆記作業のよりどころとなる。言うなれば“時間差感”。要約筆記者によって、その基準の取り方には多少の差はあるが、概ね4秒から7秒程度になるだろうか。詳しくは後述するが、この時間差は必然遅延と言うべきものである。必須遅延と言っても良い。それ以上遅れる意味は無く、それ以上急ぐと効果が下がる。そのような時間が、基準をなす時間差となる。その時間内に含まれる内容が、すなわち頭の中で処理しているものであり、思考が扱う当座の量ということになる。

要約筆記の思考の処理単位

 思考の当座の量は、基準時間差に応じた発話量ということになるが、思考の処理単位に関してはまた別の見方が必要である。要約筆記の思考における処理の単位には、発話における韻律情報が大きく影響する。韻律とは、発話における言語的情報以外の要素であり、その中でも特に文脈によって変化しうる部分と説明できる。話し言葉における韻律情報の役割は大きく、それ自体が話者の伝達内容として要約筆記の保障すべき情報に含まれるものである。そしてそれと同時に韻律情報は、要約筆記の思考の上での大きな判断要素となる。一度に処理する情報量は、意識するしないにかかわらず韻律情報に依拠して決定されていると言って良い。ここからは、要約筆記の処理の思考と、韻律情報との関連について記述を加える。
 要約筆記の思考において、特に重要になる韻律情報としては、“ピッチパターン”、“間(ま)”、“スピード”が挙げられる。“ピッチ(pitch)”とは声音の高低のことであり、“ピッチパターン”とは、発話に沿ったピッチの推移を意味する。“間(ま)”とは発話の中に挟まれる無音時間(ポーズ)。スピードは文字通り、発話の速さである。
 人が言葉を話すとき、聞く人にその意味を理解してもらえるように無意識に工夫しているものである。ひとまとまりの言葉はひとつづきに言い、話題が変わるときには間を多めに取る。補足的な内容はピッチを抑えて早口で言い、強調したい内容はゆっくりはっきり発声する。これらは全て韻律の変化として説明できる。この程度の韻律の変化は、自然に話していても当然についているが、何かをよりわかりやすく伝えようという目的をもって話す場合、韻律の変化はより顕著に現れる。発話された内容の修飾関係、意味のまとまりと文中での構造関係、話者の意図する強調ポイント、内容の重要度などが、すべて韻律の変化によっても表現される。書き言葉に比べて格段に複雑な文構造をとる話し言葉において、韻律の変化という情報は、正しく文意を理解する上で欠かせない要素なのである。場合によっては、ある発声された内容がその後話される内容の中でどのような位置付けになるかを予想することも可能にする。要約筆記をする上で、これを予想できるかできないかは大きい。韻律変化という要素を意識的に利用することが、要約筆記の思考には必須であり、必然的に、韻律情報に由来した区切りごとに処理を進めることになるのである。
 要約筆記の処理単位に関しては、文の成分の単位で処理しているという見解もあるだろう。もちろん文の単位で処理するということではないが、句あるいは節の単位で内容を処理していくという見方にも妥当性はある。実際、発話における韻律上の区切りと文法上の区切りは、当然に合致している部分も多い。本質的には全く違う概念であるが、区切りの認識の仕方として必ずしも区別できるものではない。しかしながら要約筆記において、句や節の単位を認識して処理しているとするには多少の疑問が残る。また句や節を認識する場合であっても、その認識を得た裏には韻律情報があると考えるのが妥当である。したがって、要約筆記の思考の処理単位を韻律上の単位とすることに問題はないと考える。
 なお、ピッチに関連して。音の高低による韻律要素としては、ほかに“アクセント”と“イントネーション”がよく知られている。簡単に言うと、アクセントは語に、イントネーションは句・節や文につく声音の高低であり、これらは主に、対象となる部分の音韻構造を基礎として、その意味内容を限定するために機能している。当然アクセントやイントネーションも大事な韻律情報であるが、要約筆記の思考との関係性という観点から見ると、アクセントやイントネーションは主に表記の段階で関わってくるにすぎず、ピッチパターンとは役割上はっきり区別されるものである。
音の高低はヒトが感覚的に認知する要素であるが、ピッチパターンは、“基本周波数パターン”として客観的に示すことができる。客観的指標の1つとして注目される要素である。

要約筆記に求められる聞き方

 結論から言うと、要約筆記の聞き方は“抽出法”による。抽出とは何らかの要素を抜き出すことを意味するが、それはすなわち、他要素を省略することも意味する。要約筆記技術としては、“省略・概括”という分類で説明した作業内容にあたるのだが、多くの場合、実際の頭の中では、“省略”よりも“抽出”に近い感覚で作業が行われる。省略される要素というのは、実際は聞くそばから流す形となり、記憶の深部には入らない。原話は原話として記憶に残ってはいるものの、不必要な部分は次の深さにまで移動させない状況と言ったらいいだろうか。そのイメージは各人に委ねるが、ここで鍵となるのが思考の省エネという要素である。要約筆記は多種多様な精神活動を同時に行う作業である。脳内で一時にする仕事量をできるだけ減らし、思考の効率を高めることは、質の高い要約筆記をする上で非常に重要なポイントとなる。また、短時間の仕事であれば、どのような頭の使い方をしてもそれなりの結果を出すことはできるが、長時間に渡る仕事の場合、頭の疲労は仕事の質に直結する。安定した質の筆記を維持するためにも、効率的な思考を追求することが求められる。したがって、一時に扱う情報量を最も少なくするため、記憶に要するエネルギーを節約するためには、何かを省略するという意識ではなく、必要な部分だけを触るということになる。抽出と省略。表面上の作業内容自体はほぼ同じだが、意味合い、意識は全く違う。処理分類としては省略、思考としては抽出。省略する部分を認識するのではなく、残す部分に意識を向けるという聞き方が必要である。
 では、如何に抽出するか。その判断基準となるのが、上で述べた韻律情報である。韻律の変化を判断材料として、話の時系列に沿って抽出をしていく。ここで抽出の対象は、なんらかの“事実関係”となる。単語の抽出ではないことに注意してほしい。状態、状況、エピソードなどの事実関係を抽出する。その際、抽出の基準が自分本位になってはいけない。利用者本位でもいけない。判断するのは要約筆記者自身であり、それはある意味個人の主観であるが、判断の基準自体は客観的であるべく考える。この区別は大事。内容の重要度で要約筆記をするという言い方がなされる場合もあるが、それは正しくない。そもそも内容の重要度を如何にして判断するのかも疑問だが、いずれにしても妥当性に欠く。話者にとっての重要度と、話された内容の事実としての重要度を混同してはいけない。不必要と思える内容であっても、話者が強調するならば、それは優先すべき内容ということになる。要約筆記者のスタンスはあくまでも中立。強いて言うならば、価値観は話者側、水準と様式は聞き手側と言えるだろうか。

抽出の後の作業

 抽出の後は、抽出した要素をもとに筆記文を構築していく。抽出した事実関係、その接続関係、題述関係などを基に文章を構築することになる。この作業は、要約筆記技術の分類で言えば、省略・概括・変換作業にあたる。抽出した事実関係は変えずに、簡潔な文章を作っていく。さらなる省略が必要であれば適宜省略する。この作業を進めながら、筆記技術を駆使して書いていくというのが要約筆記作業の大きな流れである。
 要約筆記文の構築にあたって、思考の目安となるのが、上で述べた時間差感である。発話からの遅れ具合の感覚を頼りに、次の処理の仕方を決定していく。そしてさらに大事なのが、次に続く発話内容との兼ね合いである。構築・筆記している最中も話は次に進んでいるわけだが、その内容の含蓄度合が文章構築の仕方を大きく左右する。大雑把に言うと、今書こうとしているところと次聞いている部分のどちらが大事かということ。その判断によって、今の筆記内容が決まってくる。今のほうが大事なら今をしっかり目に、次の方が大事なら今は簡略目に書く。今書こうとしている部分と次に聞いている部分を併せて、処理を判断するということが肝要なのである。今書こうとしている部分だけで考えては、良い筆記は望めない。
大事な内容はどうあっても大事だと言う人もいるが、大事さも、他との相対によって決まってくるものである。禁忌事項など、絶対欠かせない内容というものも確かにあるが、そういったケースを除けば、内容の重要度は他との相対によって決まってくる。要素としては落とさないまでも、極めて簡潔に処理せざるをえない場合もある。
 前にも言ったが、それが駄目だというのなら、要約筆記の形態そのものを見直す必要がある。あるいは、後で振り返れるような方策を考えるか。必要なものを必要なだけ充分に書くことはリアルタイムの手書きでは物理的に無理なのである。
 抽出にはじまる一連の要約筆記作業を、次項でモデル化して見ていく。


Last Update 2011-05-07 (土) 14:42:01

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